銅鐸に刻まれた「×」印には、どんな意味があるでしょうか
加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸には、鈕(ちゅう)と呼ばれる吊り手の部分に、「×」の刻線のあるものがあります。出土総数39個のうち、14個で確認されたこの刻線は、銅鐸の鋳造後、鈕の菱環(りょうかん:吊り手の部分で最も膨らんだ部分。断面が菱形をしている)の頂部に、鉄製の工具で打ち込まれたものです。

同じように「×」の刻線を持つものに、島根県簸川郡斐川町の荒神谷遺跡から出土した銅剣があります。荒神谷の銅剣は、出土総数358本のうち344本で確認されていますが、このように青銅器に「×」の刻線があるのは、加茂岩倉銅鐸と荒神谷銅剣の2例のみです。
しかも、加茂岩倉遺跡と荒神谷遺跡は、直線距離にして約3.3㎞。山ひとつを隔てた表と裏のような位置関係にあるのです。
ある人は、加茂岩倉の銅鐸と荒神谷の銅剣を保有していた集団があって、その保有の証に刻んだものではないかと言っています。そして、このほかにも、いろいろな考えが述べられてきました。
いま確実に言えることは、銅鐸が鋳造されてから、いつの時点で打ち込まれたのかがわからないということ。工人によるものなのか、はたまた保有集団によるものか。「×」の刻線の意味とも絡んで、考えは尽きません。
いきなり、難しい課題を提議してしまいましたが、是非とも、みなさんのお考えをお聞かせください。素朴な疑問、感想もお待ちしております。ちょっと視点を変えてみることが、大きな発見につながることもあります。加茂岩倉銅鐸の謎の解明をめざして、みんなで「うん、何?歴史学」を深めていきましょう。
なお、ひとつのテーマにつき、議論の期間は概ね1ヵ月とします。自分の考えとほかの方の論は明確に区別し、他者論文等を引用される場合は、きちんと出典を明らかにしてください。また、持論を強調するあまり、他者を非難・中傷することのないようにしましょう。
投稿日:2008年12月16日 14:37 コメントを書く・見る(1)












コメント(1)
時の旅人
2009年1月 8日
13:26
こんなサイトがあるなんて知りませんでした。ちょっと覗いてみたら、銅鐸のことが書いてあったので興味津々。
難しいことはわかりませんが、加茂岩倉遺跡は知っています。一度だけ行ったことがあります。弥生時代の人は、どうしてこんな奥まったところにたくさんの銅鐸を埋めたのか不思議に思ったものです。
銅鐸の吊り手の部分に「×」印があるというのも、現地で説明を受けたときに知りましたが、いったいどんな意味があるんでしょうね。「×」というと、何かを封印している印のような気もするのですけど…。
そういえば、須恵器の底の部分にも、ヘラか何かで「×」が刻まれているのを見たことがあります。あれと関係があるのかどうかも気になってます。
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